シリアスレジャーを支えるコーチの役割とは? ―第1回シリアスレジャーコーチ勉強会レポート―
福岡大学大学院修士2年の阿部太一です。
2024年11月1日に開催された「第1回シリアスレジャーコーチ勉強会」に参加し、レポートを書かせていただくことになりました。
「シリアスレジャー」とは、カナダの余暇研究者ロバート・ステビンスが提唱した「真剣な趣味」を指す概念です。
勉強会ではこのシリアスレジャー概念を踏まえ、余暇活動のインストラクターやコーチが果たす役割について、主に現場の講師と、研究者との会話を通じて理解を深めました。
勉強会は、スポーツスクール事業を展開する株式会社タクティブの駒井さんが企画されたもので、オンラインで開催されました。
シリアスレジャーとは
勉強会ではまず、『「趣味に生きる」の文化論:シリアスレジャーから考える』の著者である杉山昂平さん(東京大)より、シリアスレジャーの基本概念について講義がありました。
シリアスレジャーとは、仕事や家事以外の時間における余暇活動のうち、より専門的な知識やスキルを要する継続的な活動を指します。
対義語は気軽ですぐその場で楽しめる「カジュアルレジャー」です。
例えば、写真撮影の場合、観光地でスマートフォンを使って気軽に撮影することはスキルや知識のいらない気軽な活動(カジュアルレジャー)に当たりますが、一眼レフカメラの使用法や光の扱い方などの専門知識を活かして撮影のためにどこかに行くなど真剣に取り組む場合は「シリアスレジャー」となります。
シリアスレジャーは、カナダの余暇研究者ロバート・ステビンスにより1980年代に提唱された概念で、海外では約40年にわたって研究がなされてきました。
一方、日本においては一般的にも研究対象としても知名度が低いのが現状です。
シリアスレジャーとして趣味に取り組んでいると、「レジャーキャリア」とも呼ぶべき、その活動の中での経験や知識などの積み重ねができてくる、とされています。
一般にキャリアと言った時に想定されるのは、職業上のキャリアかと思います。
職業キャリアに関しては、キャリアカウンセリングの必要性が一般的にも共有されており、キャリアコンサルタントなど支援するサービスも多く存在しています。
一方で、レジャーに関しては「余暇診断」や「余暇生活設計」といった研究は存在しているものの、「どのように余暇を充実させていくか」「人生の意味に対してどう余暇を結びつけるか」といった疑問を解消する方法は、現状私たち個人個人が手探りで見つけなければならないものです。
ここに、コーチやインストラクターのように余暇活動を支える人々の役割について考えることの重要性があると感じました。
現場からの知見:ピラティスと卓球の事例
次に、WELL PILATESのAoさんと、TACTIVE所属の阿部球昌さんをスピーカーに迎え、杉山さんと3人の鼎談形式で、それぞれピラティスと卓球の指導現場における、余暇支援の実践について語っていただきました。
ピラティスはいかにシリアスレジャーであるか
Aoさんは、ピラティスの本質について「体を動かすことは手段であって目的ではない」ことを強調されていました。
体を動かしながら「どの筋肉がどのように動いているか」を意識的に理解することで、自分自身を顧みる能力である「内観」を養い、体と心と精神を統合することを目指していくとのことでした。
体の動きを自覚することを通じて、心の動きにも気付きやすくなり、心身をコントロールしやすくなるそうです。
レッスンの中では、受講生の理解を助けるため、簡単な解剖学の知見を伝えることもあるとのことでした。筋肉レベルで思ったとおりに自分の体が動かせるようになった時の達成感は非常に大きいものがありそうです。
受講生の中には腰痛改善やダイエットなど、ピラティスの本質とは別の具体的な目的を持って来られる方も多いそうです。
Aoさんはそういった目的に寄り添いながらも、最終的にはピラティスの本質的な価値を伝えていきたいと語っていました。
Aoさんからは、ピラティスの本質を理解したうえでシリアスレジャーとして取り組むことができる人の特徴も挙げられました。
自分の体がどう動いているかを自覚することは口で言うほど簡単ではありません。
しかし、身体的な悩みの解決だけではなくマインドフルネスといった心の動きに関心が高い人、筋肉の動きを自覚することを楽しめる人、内観の必要性を理解できた人は、より深くピラティスの本質に触れる傾向があるといいます。
短期的な目的のみしか持たない人は、継続できないこともあるとのことでした。
シリアスレジャーは先に見たように、即座に楽しめるカジュアルレジャーとは異なり、より大きな楽しみを得るのに努力や練習を伴う趣味への取り組み方です。
私はこれまでピラティスに対して全く知識がなく、なんらかの体操としてしか捉えていませんでした。
しかし、解剖学の知識も取り入れながら自らに対する内観力を養い心身の統合を目指すピラティスの実践は、努力して知識やスキルの習得を試み、独自の価値観を醸成するシリアスレジャーであると理解することができました。
卓球における技術とメンタルの重要性
阿部球昌さんは、自らの競技経験を活かしながら、卓球教室の受講生に対して卓球の技術とメンタル面での考え方の両方を教えていることについて語ってくださいました。
受講生の多くはアマチュア競技として卓球を実践しており、阿部さんはマンツーマンで彼らを教えているそうです。
初回のレッスンでは、スクールの外ではどのように卓球に関わっているか、怪我をしたことはあるかなど、レッスンに求める目的や方向性を細かく聞き出していきます。
アマチュア競技者の受講生に対して阿部さんが目標とすることの一つに、学んだことを教室の外で大会に出場するときにも発揮できるようサポートすることがあります。
身体的なスキルの発揮には、体の使い方の訓練だけでなく、精神面の強さも関係します。エピソードとして「習得した技を試合で使おうとしたが、ダブルスの相方とのミスコミュニケーションもあり、使うのを躊躇してしまっている」という受講生の方の例が紹介されていました。
阿部さんは、技を使うタイミングや頻度を考えることや、相方とのコミュニケーションの重要性についてお伝えをしたとのことでした。
習得した技術を発揮するためのサポートとして、メンタルや考え方についても指導する阿部さんのお話からは、シリアスレジャーとしての卓球が、単なる身体的スキルの習得にとどまらず、メンタル面でも複雑な学習プロセスを持ち、コミュニティでの対人関係も重要とされることが示唆されています。
またレッスンの中で、練習中の受講生に対して声をかけず様子を見守るタイミングがあるという点も印象的でした。
「今集中しているな、とモードが変わった時に、声をかけすぎない。独り言を聞いたりして様子を観察する。
集中が途切れてから、フィードバックをしてあげる」と、繊細な配慮について語っていました。
シリアスレジャー概念の提唱者ステビンスは、ある種のシリアスレジャーの中で、集中力の高まったフロー状態が起こることについて指摘しています。
身体的スキルの獲得に向けた練習において、阿部さんは受講生のフロー状態を察知し、その状態を妨げないよう注意しながら指導を行っていると言えるかもしれません。
フロー状態とシリアスレジャーの関係についてさらに研究することで、実践と理論の結びつきを強め、シリアスレジャーを支える方法についてより整理できるのではないかと思いました。
シリアスレジャーを支えるための環境づくり
勉強会では、指導者にとって必要な環境についても議論が及びました。
特に印象的だったのは、Aoさんと阿部さんが「駒井さんたちのように経営をしてくれる人がいるから、自分たちがシリアスレジャーに向かい合うことができる」と話していたことです。
WELL PILATESとTACTIVEでは講師とは別で経営陣がおり、講師たちがお客様への指導に集中できる環境があります。
ヨガのインストラクターについての研究(Liu et al., 2022)では、シリアスレジャーとしてヨガを実践している人がしばしばインストラクターとしてヨガを仕事にするようになること、インストラクターが場合によってはその仕事を途中で諦め「シリアスレジャーへ回帰」することが述べられていました。
「ヨガスタジオを経営する際には、ヨガを教えることができるだけでは不十分です。それは経営、マーケティング、コミュニケーションのスキルを必要とするビジネスなのです。ヨガを知っているだけではヨガスタジオを始めるには不十分です。」―Weiwei
Aoさんと阿部さんのお話からは、シリアスレジャーを支えるコーチが自身の専門性を最大限に活かすことができる環境を整えることの重要性を改めて理解できました。
私は商学研究科の所属で、シリアスレジャー概念をマーケティングやイノベーション研究に応用できないか研究しているのですが、組織づくりやマネジメント領域との接点にも気付くことができた気がします。
おわりに
勉強会に参加して、シリアスレジャーを支える仕事とは、人々を余暇活動のレジャーキャリアに乗せて、そのレジャーキャリアを深めていけるよう支援することなのではないかと感じました。
お二人のお話からは、受講生の方に中長期的な目標を示したうえで、それに向かう道のりを相手に寄り添いながら支援しておられる様子が伺えました。
お二人が、ご自身の仕事について楽しそうに話されていたことも印象的でした。コーチがレジャーキャリアを導く上では技術やメンタル面の指導だけでなく、心から楽しんでいる姿勢を見せることも重要かもしれません。
また、私自身がシリアスレジャー研究に取り組んでいる理由の一つは、人々が自分の好きなことについて熱心に語る姿を見るのが好きだからです。
今回の勉強会は、まさにそれを体現するような非常に楽しい時間でした。今後の会にもぜひ参加させていただきたいと思います。
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